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『RENT 小嶋プロデューサーに聞く ~RENT & “AIDS” goes on…~』 11/14(水)(1)*訂正あり [RENT(東宝)2012]

*小嶋さんに内容を確認していただき、一部訂正しました。東宝の重役の方は増田さんでした。その他数カ所訂正しました。

11/14(水)19:00から、表参道のgossip(ゲイカルチャーカフェ、だそうです)で開催された、『RENT 小嶋プロデューサーに聞く ~RENT & “AIDS” goes on…~』というイベントに参加しました。
http://www.ca-aids.jp/event/121114_rent.html

このイベントは 「エイズ&ソサエティ研究会議」の第112回フォーラムだそうです。タイトルにある「“AIDS” goes on」というのは厚生労働省の2012年度HIV/エイズ国内啓発キャンペーンのテーマ「“AIDS” GOES ON... ~エイズは続いている~」からとられたもので、RENTもエイズも続いているということのようです。

でも決して堅苦しい内容ではなく、東宝でRENTのプロデューサーの小嶋麻倫子さんが、プロデューサーになるまでの驚くべき経歴や、RENTへの思い入れと東宝RENTの裏側をたっぷりお話しくださるという、レントヘッズにはうれしい企画でした。聞き手は、オリジナル・キャストが出ている頃からのレントヘッズで、AIDS問題の専門家として啓発活動を行っている吉田智子さんです。

■宝塚好きから渡米、プロデューサーになるまで
小嶋さんはもともと宝塚歌劇団が大好きとのことで、宝塚の裏方をやりたいと思いつつ、どうしたら入れるかわからず、まず宝塚のオーケストラをめざしました。その理由は、昔の宝塚大劇場ではオケピットが低く顔を出せたから(舞台が観れるから?)。でも東京宝塚劇場のオケピットは高くて頭が出ないと判明し、それはあきらめました(笑)。今度は文芸部に就職することを目指して大学の英文科へ。親の勧めで英語を学ぶためにニューヨークに留学したのが1998年でした。

大学院でドラマタージー(脚本を発掘するための学問)を専攻。その間にRENTと出会い、90回以上RENTを観るほどはまり、学生でお金がなかったため抽選に当たったら20ドルで観れるという制度を利用していましたが、20ドルももったいない。そんな時、RENTでボランティアを募集していて、これならタダで観れると応募。学生向けのワークショップを手伝ったあと、インターンもつとめました。2001年のことです。

2001年〜2005年、学生時代も含めて5年間ドラマターグ(ドラマタージーの職業形)をつとめました。その時期、ドラマターグの仕事の一部である新作脚本の発掘をパブリック・シアターやニューヨーク・シアター・ワークショップ(RENTの初演をした劇場)でスクリプト・リーダーとして(送られてくる台本を読んで、可能性の有無を判断する仕事)やっていました。

ちなみに、RENTの舞台で使われたテーブルは、ニューヨーク・シアター・ワークショップの食堂のテーブルだったんだそうです。レントヘッズならうれしくなってしまう裏話です。

その後、宮本亜門さんが「太平洋序曲」をブロードウェイで上演した時、2002年にリンカーンセンターで日本人キャストで上演した時は通訳を、2004年にブロードウェイで上演した時は亜門さんのアシスタントとして、日本文化の背景をキャストに教えるなどしていました。亜門さんはとてもいい人で、小嶋さんがお金がないと心配して、仕事があってもなくても雇ってくれていて、微々たるお金ではあったけれど、それでもとてもありがたいことでした。

東宝に入社したいきさつは、アルバイトで東宝で通訳をやった時、知人が増田さんという人のいとこで、挨拶をしてくるようにと言われ、増田さんをみつけて話しかけたところ、あとで増田さん違いとわかったのだとか。小嶋さんが話しかけたのは重役の方の増田さんだったのです。それがきっかけで東宝に入社できたというから驚きですね。

現在小嶋さんは東宝のプロデューサーのひとり。自分で選んだ作品や会社から提案された作品を手掛けていますが、小嶋さんの場合は自分で選んだ作品を手掛けることが多いとか。また、会社から出される作品も変わったものが多く、「これは変わっているから小嶋さんに」という感じらしい。例えば、会社から出された作品のひとつは「グレイ・ガーデンズ」で、これはケネディ家の母娘がものすごいゴミ屋敷に住んでいるという話とのこと。

プロデューサーの仕事は、スタッフ・キャストを決め、翻訳、宣伝、役者の健康管理などあらゆることをするそうです。

■RENTガラ・コンサートも小嶋さんが!
小嶋さんは、2002年1月、TBS、シアタードラマシティ製作のRENT Gala Concertの企画立案にも携わりました。そのきっかけは、RENTのオリジナルキャストとのつながり。RENTを降板したキャストたちは自分の音楽をやりたいとニューヨークでライブをよくやっていて、小嶋さんもよく観に行っていました。オリジナルのマーク役をつとめたアンソニー・ラップ(Anthony Rapp)が本を書いていると聞き、「私が翻訳したい」と声をかけると「まだできていないんだ。」との答え。そして「それよりも、僕は日本に行きたい。」と言われ、「アンソニーが日本のRENTのキャストとコラボレーションしたらどうか?」と思いつき、当時日本でRENTの版権をアレンジしていた会社に連絡し、TBSとともにRENTガラコンサートを実現させたのでした。

山本耕史さんをはじめとするRENTのキャストとアンソニー・ラップが共演したという伝説のガラ・コンサートにも関わっていたのですね。当時の写真も見せていただきましたが、「ここに写っているのは当時おそらく日本で最も有名なRENTのホームページを作った女性です。もう一つの写真のこの方は、のちに演劇ライターとなりました。当時のRENT好きの仲間がそれぞれ今でも舞台に関わる仕事をしているんです。」とのこと。好きなことを追いかけ続けているとそれが仕事になっていくんですね。

RENTに関するディープなお話はここからですが、長くなってきたので別記事でレポートします。

◆東宝RENTの公式サイト
 http://www.tohostage.com/rent2012/

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